私が最初に聴いたノリントンの演奏は,1994年録音の「ワーグナー管弦楽集」です。『リエンツィ』の出だしの弦の響きに耳を洗われ,確か,3回くらい聞き直したような記憶があります。
彼の最初のワーグナーは,『さまよえるオランダ人』(1988年)のようですが,さらっと流しただけのような感じで,私にとってあまり特徴を感じる演奏ではありません。彼の意図するところは,身振りの大きい,過剰にロマンティックな演奏に対するアンチ・テーゼだったのかもしれません(ワーグナー自身が,当時のゆったりしすぎる演奏に不満を漏らしていたというのは,とても興味深い話です−1994年ライナーノート参照)。しかし,何か妙に物足りない感じがしたのです。1994年のマイスタージンガーにも同様のことを感じます。
それを彼自身も感じていたのでしょうか,シュツットガルトとのエルガー(1999年)に,本当に唐突な形でマイスタージンガーが併録されています。これが,とてもいい演奏なんですねぇ! 何がどういいのかということはうまく言えませんが(まさか,モダンのオケになってよくなったとか?−爆),演奏時間が短くなった(8:28→8:17)にも関わらず,表情とか振幅が濃厚になったような感じです。ベートーヴェンで見せてくれた,たたみかけるようなドライブも戻っています。
次は,「タンホイザー(バッカナール付き)」と「ワルキューレの騎行」をお願いしたい!
エルガーのCDのライナーノートを見て,ノリントンの師が「サー・エイドリアン・ボールト」だということを知ったのですが,ホルスト『惑星』の初演者として知られるこの名指揮者のCDも,なかなかのもんです。
もちろん,惑星はボールトで決まりなのですが,彼のRVW(ヴォーン=ウィリアムズ)のシンフォニーも好きです。最初に買ったのが『南極交響曲』です(廉価版ということで−苦笑)。南極探検家スコットの悲劇を扱った(そしてその映画のための音楽が原型である)この曲は,自然対人間の勇気という古典的なテーマを扱った,味わい深い曲だと思います。しかし,リヒャルト・シュトラウスの『アルプス交響曲』などと同様に描写音楽の典型のように書かれてしまうところが,ノリントンに対する誤解とよく似ているような気がします。決して,奇を衒ったわけではないのに・・・
ノリントンも,準手兵ともいうべきロンドン・フィルと組んで,RVWの交響曲全集に取り組んでいるようです(最近知ったので,まだCDは買っていません−汗)。南極交響曲が出ているのであれば,是非購入したいですね。『幻想』や『田園』のような名演が,きっと聴かれるような気がします。
あ,ボールトの話でした。おそまきながら,ブラームス交響曲全集(ロン響)を買いました。決して身振りの大きい演奏ではないのに,楽器はよく鳴っています。この辺,ノリントンが師から受け継いだ美質なのでしょうか。
LCPとの最後の録音は,なぜかヘンデル『水上の音楽+王宮の花火の音楽』(1996年)。そして,その後,OAEと組んだノリントン本流とも言うべき録音は,2組の「ヘンデル・アリア集」。
片方は,カウンターテナーのデヴィッド・ダニエルズと組んだオール・ヘンデルのアリア集で1998年2月の録音(veritas),もう片方がモーツァルトやグルックのアリアも含む同年12月の録音で,やはりカウンターテナーのアンドレアス・ショールによる,「英雄たち」と名づけられたものです(Decca)。まさに,立て続けのリリースですね。
ノリントンの代表作は,言わずとしれた「ベートーヴェン交響曲全集」ですが,ベートーヴェンは,バッハ以上にヘンデルを崇拝していたといいます。そして,「ハンデル」は,イギリス人にとってパーセルとならぶ国民的作曲家。
合唱の世界から名をなしたノリントンです。ひょっとしたら,ヘンデル(ハンデル)経由でベートーヴェンを見つめていたのかもしれません。ロッシーニの場合は,ベートーヴェンを通してのまなざしというのがはっきりしていますが,ノリントンがイギリス人であるだけに,ヘンデルとなると即断しにくい・・・
ベートーヴェンは耳疾と晩年の大スランプ,ヘンデルは,オペラ運動の失敗による破産という困難に出会っています。そして,それを乗り越えながら,大衆を励ます音楽を作り続けました。私たちが両者に感じる感動は,たいていこの2つの事由によります。
ノリントンの見つめるベートーヴェンとヘンデルは,いったいどこにあるのでしょう。マーラーやブルックナーに癒しを求める現代人(日本人だけかも)への警鐘なのでしょうか,それとも,ノリントンにも内なる挫折とその克服があったのでしょうか?
さて,上記2つのCD,veritasの方が好みです。多分,歌唱自体はDeccaの方が勝るのでしょうが,通奏低音にチェンバロだけでなくテオルボを使ったりしており,オケもいっそう元気です。
南西ドイツ放送局(SWR)所属のオーケストラなので,田舎オケのイメージが拭えませんが(ギーレンが振っていたバーデン・バーデンの南西ドイツ放送交響楽団と区別が付かなくなる−爆)私にとっては,チェリビダッケの最良の時代と重なってくるので,とても印象深いオーケストラです(ミュンヘン・フィルは、どーも苦手)。
最近チェリのCDが出ているので誰でも聴くことができますが,以前,NHKのFMで流れていた,R.シュトラウス:交響詩「死と変容」の,あまりに幻想的な演奏が忘れられません。それまで,カラヤンの,こてこてシュトラウスを聴いていた耳に,まさに革命的な音でした。放送の解説は,例によって金子健志さんで,あー,ちゃんとエアチェックしときゃよかったと,今でも後悔しています。
チェリもそうだし,マリナーも一時期首席を務めていたし,今はノリントンによって黄金時代が築かれようとしている(民音サイトの受け売り)。このオケの理事会は,相当思い切ったことをしますよねぇ。
ノリントンは,エルガーやヴォーン=ウィリアムズもそうですが,初期にアイヴズ入れたり,ジョシュア・ベルとニコラス・モーのVnコンチェルトを録音したり,決して古楽だけの指揮者じゃないようです。ロンドン・フィルともですが,シュツットガルトと様々なレパートリーを録音してくれることを,大いに期待します(ブーレーズを捨てよ,ノリントンを入れよう!>DG)。
でも,やっぱりOAEとチャイコやマーラー入れてくれた方が,もっとうれしいかな?(爆)
忙しさにかまけて1年以上更新していませんでしたが、いわゆる古楽系指揮者の方向性が見えてこなくなったので一言。
テレビで、ブリュッヘン=18世紀オーケストラの演奏を聴いたのですが、失望のあまりスイッチ・オフ&就寝(涙)
なんなんでしょう、あの生ぬるい演奏。古楽器の柔らかな響きを前面に押し出すのは結構なのですが、もやもやしてばかりでワクワクするところが全くありません。実はこの傾向は、ヘレベッヘの演奏などにも共通するところで、CDを聴いていてもストップボタンを押さざるを得なくなる要因の一つです。アーノンクールやガーディナーの怜悧な演奏でも不満ですし、マッケラスなんかは全く面白くない。
協奏曲だと、ガーディナー=ORRがシャハムとメンコンをリリースしたみたいですね。また聴いてがっかりなんてことないかなぁ。ピアノのエマニュアル・アックスは、過去ノリントンも共演しているみたいですが、97年のショパンは、指揮がマッケラスということからか、何も得るものはなし(涙) バイオリンのベスによるベートーベン(バイル=ターフェルムジークのバック)は、なかなかよかった。
ノリントン、インマゼール、ラルキブデッリと、この辺に淘汰されそうな感じです、自分的には。でも、なに聴いてもOKなのは、やはり、ノリントン!
読み返して、よくもまあ言いたい放題ですが、アップしてしまった以上、責任はとらなきゃ。しばらくの間聴き比べて、また書き直します。
最後にもう一言。盛り上がらないぞ、ベルリオーズ&プロコフィエフ(爆)
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